芸術系大学でデザインを勉強していたので、自分の制作のコンセプトなどを人前でプレゼンテーションする事は慣れていました。
また、教授に「プレゼンは神聖な儀式」と教えられていたので、当時からそれなりに気合を入れてやっていたかと思います。(客観的にはどうだったでしょうかね?)
繰り返しプレゼンを行っているうちに、物語を交えたり、プレゼン自体を作品にしてみようなどと画策したり、情報を伝達する工夫を自分なりに考えていたかと思います。
しかし、最近はプレゼン用オーサリングツール、いわゆるPowerpointのスライドに頼る事が増えて、敢えて工夫するよりは、最低限の情報をまとめるだけに留まってしまっているようにも思います。
今日、コミュニティセンターで聴講したガー・レイノルズ氏のプレゼンテーションはかつての「プレゼンを楽しんでいた」頃の記憶を思い出させるような内容でした。
「Presentation Zen」という氏のコンセプト、禅の心を取り入れ、シンプルかつ情動的にストーリーを練り上げたプレゼンを行うという事に情報過多になりやすいデジタルメディアの負の側面を改めて気付かされたような気分です。
丁度、今日の午前中に職業訓練の授業で「情報の収集と分類」という内容を解説していたのですが、人に何かを伝える為にはツールに向き合うのではなく、伝える内容に向き合う事が必要であるというアナログ的なアプローチを重視する点が共通していて、感銘を受けました。
やはり、コンテンツは古典的なものから延々と現在まで「人に伝えるもの」として受け継がれていますものね。
受け皿がデジタルのツールに変わっているだけの話。
今は毎日、授業という形でプレゼンテーションを行っているような状況。常に如何に伝達するか?という問いを何処かに持っています。
無論、失敗もしますし、凹む事もあります。
ですが、諦めずに繰り返しやらざるを得ないという現実が、少しずつ鍛えてくれているのも、氏の「七転び八起き」の重要という点で腑に落ちるところはあります。
プレゼンは説明でなく「コミュニケーション」であるという、ビジネスの世界では発想の転換とも言える極めてシンプルな考え方はこれからもっと重要視されていくような気がしてなりません。
そんな感想を今回は持ちました。
しかし、いい機会を得る事が出来たと、つくづく思います。
また、こういう凄い人が非常に身近な範囲で普通に暮らしている事に驚きも隠せませんでした。
私も、氏と同じように、生駒という生まれ故郷に愛着を持っております。
やはり、この街の教室として、もっともっと頑張らなければいけないなと思います。
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